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カナダ・アラスカ沿岸水路  (ジュノー〜バートレット・コーブ)

 

 

 

 

日記

宿泊地

(航行距離)

8月9日(火)

南からの風が強く、最初は追い波に乗り北上する。リン運河に入ると進路が南へと変わり、前方から来る白波により進むのが難しくなる。クジラがその巨体を現すも、ゆっくり見物する余裕は無い。

 

上げ潮も加わって波は強くなる一方で、13時には陸へと上がり本日はここまで。夜を過ごすことになったこのアドミラルティ島は熊の生息率が高い所らしいので、あまり来たくは無かったのだが・・。

 

False Pt

Retreat

 (21.5km)

8月10日(水)

朝から海上には白波が見える。昨日ほど高い波では無さそうなので出発し、対岸まで5kmの横断を開始。少しずつ北へ流される中、近くを高速フェリーが通り抜けて行く。漁船に乗った男の人が「大丈夫かぁ〜」と様子を見に来てくれる。

 

アイシー海峡に入ると穏やかな海となり、たくさんの釣り船が浮かんでいる。その船上ではサケが入れ食い状態となっていて、カヤックの周りでもピョンピョンとサケのジャンプが繰り返されている。

 

雨の降る中で震えながらテントを張り、今は本当に8月なのだろうかと思う。

 

暗くなり始めた21時頃、“バキッ”という音と共に、“ウゥーッ”と低い声が聞こえたので、まずはベア・スプレーのロックを外して持ち、ラジオを付けて徐々に音量を上げ、ベア・ベルを鳴らす。

しばらくして、ゆっくりとテントから顔を出すと、やはり熊がいて、ジーッと見ながらベア・ベルを鳴らし続けていると、「なんだ、人がいるのか」といった感じで来た道を引き返して行く。ゆったりと浜辺を歩いていった熊は1頭の小さな熊と落ち合い、どうも親熊がこちらの様子を伺いに来たようだ。

 

 テントの前にあった倒木が熊の接近を防いでくれた 

Icy Strait

(40km)

8月11日(木)

出発のため、テントから荷物を出そうとしていると、目の前の浜に熊が1頭・・。その距離、30m。ゆっくりとベア・スプレーを手に取り、熊の動向を注視していると、「人間か・・」といった感じでこちらの様子を気にしつつ、少しずつ遠のいて行く。何度もこっちを振り向きながら。

海の上では今日もサケが飛び跳ねまくっているし、周りにはサケの遡上する川がたくさんある熊多発地帯で一夜を過ごしてしまったようだ。

 

 

 サーモン、獲ったどぉー! 

 釣りざお無しで、どうやって? 

 

 パドルで頭をゴツンとやったのさ 

 

沖では2頭のクジラがいて、1頭がヒレを海面に叩き続け、その音と水しぶきが静寂の空間に衝撃を与えている。そして、もう1頭は左の方から潜水と浮上を繰り返しながら近づいて来て、少し長めの潜水が続いた後、突然右側15mの所でジャンプをして現れ、着水と共に大きな水しぶきが上がり、その衝撃によって作られた波がカヤックを揺らしている。

 

 

グレイシャー・ベイ国立公園の入り口付近に来ると、アシカにクジラ、ラッコも海の上にプカプカと浮かんでいて、公園内に入ってゆくクルーズ船の姿も見てしまう。こんな所にまで来るのか。

 

 グスタバス港

Pt Gustavus

(35km)

8月12日(金)

天候も回復し、潮位も上がってきた11時頃から出発準備にかかる、という所で浜に現れた1頭の熊。すかさずベア・スプレーを持ち、ベア・ベルを鳴らすけれど、熊は全く反応しない。何分か経ってようやくこっちを見て、何事も無かったように再び浜辺に打ち上がったものにパクパクと食らいついている。お互いの距離は20mとかなり近いが、その間合いは保てているようだ。

 

 

 

 

 

 

 安全な海の上から熊見物 

 

風と潮の流れが強い為、たった10kmの距離が遠く感じる。

バートレット・コーブに到着し、キャンプ場を見に行くと、そこは電気も水も無い所であった。

 

港のそばにある公園の管理事務所兼観光案内所にはレンジャーが常駐していて、やはり国立公園内をカヤックで旅をするのには許可が必要らしく、オリエンテーションを受けるように言われる。シャワーが近くのロッジにあるそうで、行って見ると、そこは宿泊施設やレストランがあり旅行者でにぎわっていた。

 

シャワーを浴びた後、19時から始まるオリエンテーションを受けに行く。

「どうやら、このDVDはあなたの為だけにあるのね」

指にDVDを入れて、クルクル回しながらニンマリしているレンジャーさん。

椅子が並べられた狭い部屋に1人ポツンと座り、30分のDVDを見終えると、次は彼女と一対一で公園内に関する講義を受ける。地図を見ながら、“以前、熊に荷物(食糧)を奪われた所”とか“死んだクジラが打ち上がっていて、熊が群がっている所”など、キャンプをしてはいけない場所を的確に教えてくれる。

 

20時を回り、規則に従って海岸の満潮線の下で調理をし、食事を取る。数十メートル離れた所では1人の女性が食事をしていて、食後すぐに歯磨きをして撤収、と手慣れている。こっちは荷物を取りに行くために、テントと浜を行ったり来たりである。

 

Bartlett Cove

(8.5km)

8月13日(土)

事前に旅の行程を報告しなければならず、毎日どの辺りでキャンプするのかを地図を見ながら考えるけど、当日の天候や海の状況しだいで変わるので、適当でいいや。

行くのに3日、ウェスト・アームにて1〜2日、帰るのに3日で、ここに戻ってくるのは8日後と申告しておく。

「きっと、すばらしい経験になると思うわ」

 

 

許可証をもらい、バートレット・コーブを出発。いよいよグレイシャー・ベイの奥へと入って行く。波も、漂っている空気も穏やかで、小さな島々の間を通ると、遠くには雪を被った鋭い山々がそびえ立っている。鳥のさえずりが聞こえ、ジャンプを繰り返しているクジラ、そしてカヤックに気付くと海中に逃げてゆくラッコたち。

 

 

 

夕方になると潮の流れが変わり、いつもの半分のスピードでカヤックが進む。

小さな浜に上陸し、規則に書かれてある“100ヤード、キャンプ地から離れての調理“は、せまい海岸の為に出来そうもなく、それでもなるべくテントから距離を置いた所で食事をする。ラーメンをすする中、目の前でクジラが悠然と泳いでいる。

 

Willoughby I

(21km)

8月14日(日)

夜中まで辺りを照らしていた満月が寝静まると、暗闇の中でクジラが海面を叩く音やアシカのうめき声が周囲に響いていた。

 

氷河のある所まで距離がまだあるせいか、人の気配は全く無く、静かな国立公園である。カヤックが気になるのか、並泳してくるクジラ。10mの距離でやっとカヤックに気付き、顔を見合わせた後に“こりゃイカン”といった感じで慌てて海の中へと逃げてゆく2匹のラッコ。あまり近づかなければ、危険がないと判断してラッコたちはのんびりと仰向けになり浮かんでいる。

 

 

入り江の奥へと向かう上げ潮と強い南風により、後ろから押されるように船が進んで行く。

上陸した浜には動物の足跡と排泄物が歩ける範囲すべてに見受けられ、小雨の降る中、今日もテントから離れて食事を作る。

食べ終わった後は、海水で食器を洗わなければならず、岸辺でガチャガチャやっていると、陸から20mの所で大きなクジラが姿を現し、鍋の音が気になったのだろうか?

Gilbert

Peninsula

(43km)

8月15日(月)

朝早くから浜辺を歩き回り、やっと一地点でラジオの電波を拾う。相変わらず天気は悪いままである。

 

追い潮なので進みは良好。ただ、土砂降りの雨が“防水されていない”防寒着の中に侵入してきて、1時間もしないうちに全身ずぶ濡れ状態になってしまった。風が吹くたびに寒気が走り、すぐにでも上陸して体を温める必要があったが、今回は積んでいる食糧に限りがあるので、先へ進むことを選択する。

 

 

ター入り江に入ると、上陸してすぐにテントを張り、服を着替える。

オリエンテーションの時に言われていた。グレイシャー・ベイでカヤック旅をする際に、最も危険なのは熊ではなく、低体温症であると。これまでの経験と装備で何とかなると考えていたけど、ここは予想以上に寒い所であった。

 

 

熊<低体温症という危険度なので、体を温めることを優先してテントの中で食事をして、とにかく熱を作り出す。

Tarr Inlet

(26km)

8月16日(火)

朝まで雨は降り続け、今後の天気を知ろうにもラジオの電波がここでは入らない。

 

 

 

小雨の中、海上には大小様々な形をした氷塊が浮かんでいて、それらを避けつつ、時には強引に突破する。

 

 

 

 

入り江の深奥に着くと、遠くから白く凍った姿を見せ続けていたグランド・パシフィック氷河は、近くで見ると海岸部分は単なる土と岩でしかなく期待はずれであったが、その隣にあるマージェリー氷河はそれとは対照的であった。海面から直角に青白い氷の壁を作り、後ろにある黒々とした山々を背景に映えている。氷壁が崩壊し、海面に落ちる音が周りに反響してゆく。氷壁から落ちてきた氷が行く手を阻み、近づくのが大変であったが、氷はだんだんと引き潮と共に南へと流され、ようやくカヤックに氷をぶつけずに進んで行ける。

 

 

 

最初は氷壁の氷が崩れてからしばらくして音が聞こえていたが、徐々にその時間差が無くなっていく。あまり近づき過ぎると氷塊が落ちた時にできる波によって危険な為、ほどほどの距離を保って海の上から氷河を見つめる。

 

 マージェリー氷河(幅:1.6km 高さ:75m) 

 

 

1時間ほど氷河を眺めた後、来た道を戻る。先程南へと流されていった氷が海上に浮かんでいた。

 

 

Johns Hopkins Inlet

(31km)

8月17日(水)

寒い夜が明けると、良い天気の朝。今日も海の上には昨日無かったはずの氷が至る所に浮かんでいる。

 

 

雪山の下に見えている氷河を目指して、ジョンズ・ホプキンス入り江の奥へと漕ぎ入って行く。氷がたくさん浮かんでいるので、大きな塊は避けて、小さな氷は強引に突破してガンガン船首に当たりまくり、目の前に広がる雄大な風景よりも、カヤックの状態の方が気になってしまう。入り江の奥にある氷河までは10kmの距離があり、往復20kmもこの調子だと思うと気が重くなった。

 

 入り江の奥にはフェアウェザー山脈が見える 

 

 

 

入り江の両岸は険しい山々がそびえ立ち、谷間からは水が流れ落ち、所々凍っている箇所もある。後ろを振り返ると、遠くにクルーズ船が1隻停泊している。この入り江は大型船の進入を禁止している区域なので、彼らは10kmも離れた所から氷河や風景を見て、すぐに引き返している。

 

他に1隻も、誰もいない入り江を漕ぐ。“ガシャ、ガシャ”と薄い氷をパドルで割る音、カヤックに“ゴツン”と当たる氷の衝突音、険しい崖から流れ落ちる滝の音、そして前方から聞こえてくる氷河の氷が崩れ落ちる音。

 

 

 

氷河にもっと近づくことは出来るけれど、そこはアザラシたちの寝床になっており、彼らから400m以内に近づいてはならないという決まりを守り、距離を取って氷河を見つめる。

 

 ジョンズ・ホプキンス氷河(幅:1.6km 高さ:75m) 

 

アザラシの事もあり、あまり長居はせず、来た道を氷をかき分けながら引き返す。入り江を出ると、氷の無くなった海に戻り、また別の氷河が見え始めた。

 

 

 

 ランプルー氷河(幅:1.2km 高さ:45〜54m) 

Reid Inlet

(31.5km)

8月18日(木)

キャンプ地から3km南にあるリード氷河。30分漕いで氷河の手前にある浜に着き、そこから少し歩いて氷河のすぐそばまで行ってみる。

 

 

 

 リード氷河(幅:1.2km 高さ:6〜40m) 

 

目の前に立つと、氷河は青白い輝きを放ち、水のしたたり落ちる音が聞こえてくる。90度以上に反り立っている氷壁。所々空洞となり、その下にエメラルド色をした水が溜まっていて、氷河から溶けた水が滝となり注ぎ込んでいる。黒々しく、岩としか思えないような氷も見受けられ、氷河といってもその表情は様々である。

 

 

 

 

 

今日のキャンプ地に決めた入り江は、動力船の入れない区域なので、より一層の静寂が辺りを包んでいる。鳥の鳴き声、クジラの呼吸音、波が岸辺に打ち上がる音、曇天の空がかもし出すジメッとした空気。

 

Hugh Miller

Inlet

(31km)

8月19日(金)

雨の降りしきる霧のかかった海を行く。この天候では壮大な景色も楽しめず、クジラの潮を吹く音もどこからか聞こえてくるだけである。

 

寒い中のパドリングを終え、6日前にキャンプした島へ予定通りに戻ってきた。濡れた服をテントの中で着替えていると、体から湯気が出てきてテント内が蒸し風呂状態に。この雨と寒さの中、外での調理と食事なんて出来るわけも無く、残った食糧をとにかく食べる。

クジラにアザラシ、アシカが近くにやって来た。

 

Willoughby I

(32km)

8月20日(土)

風があるのか、波が激しく砕ける音で目覚める。

 

天候は悪いが、海上は波もそれ程高くなく、霧の中でコンパスを頼りにバートレット・コーブを目指す。下げ潮の影響が強く、少々流されている。潮が渦を巻いている所ではクジラが頭を出し、魚を喰らっていて、鳥たちがその上を飛び回り、おこぼれを狙っている。

 

 

 鯨と海藻 

 

バートレット・コーブに到着し、キャンプ場に荷物を運ぶ。貯蔵所に食料を置きっ放しにしていたので見に行くと、7日前のまま無事にそこにあった。

 

事務所に帰って来た事を報告し、食糧缶を返して、ロッジにてシャワーと洗濯をする。ランドリーにはシャワーを浴びる人が次々とやって来て、退屈なはずの待ち時間も会話で埋まってゆく。カヤックをやっている人も多く、ジュノーから来た女性は長靴姿なのがアラスカの女性らしくてカッコイイ。

 

大雨に打たれながらキャンプ場へ戻り、耳の辺りがジンジンするなと思ったら、まさかの霜焼けである。

 

航行距離(ジュノー〜バートレット・コーブ):364km

Bartlett Cove

(18km)

8月21日(日)

せっかくの休養日もドシャドシャ降りの雨により、計画していた付近のトレイル散策も中止して、朝からテントに侵入してくる雨水の排水作業に勤しむ。防水されていない防水仕様の服など、古くなった装備の数々に悲しくなってしまう。

 

午後からはロッジで残りの洗濯をして、やたらと長く回る乾燥機のおかげで全てが乾いてゆく。名前を一発で聞き取り、書いてくれるという海外で初の経験に気分を良くし(インディアンの町ではスーパーで日本の製品をよく置いているし、日本語に馴染みがあるのかもしれない)、最後のグレイシャー・ベイでの夜が来る。

 

雨止まず、真っ暗闇になったキャンプ場に、クジラの呼吸音や海面をヒレで叩きつける音、カン高い声が響いている。

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