前に戻る


北九州〜桜島 2009

 

 

 

 

日記

宿泊地

(航行距離)

6月2日(火)

三宮-(夜行バス)-小倉-(電車)-遠賀川-(バス)-浜口町-(タクシー)-芦屋海岸-(カヤック)

 

郵便局でカヤックを受け取る

芦屋町

6月3日(水)

雨風あり、停滞。

自然と共にあるのがカヌーである。

-

6月4日(木)

風強く停朝7時過ぎ、出発。

 

荷物を運んでいる間に潮が引いてゆく

 

北東からの追い風に乗り進む。筋肉が出来ていないので疲れが早い。5〜10kmおきに岬を回り、変化があるのは良いが、風景はあまり変わっていないような。

午後から風が強まり、白波の立つ中、上陸できそうな浜を目指す。

新宮町

(35km)

6月7日(日)

北風により海は荒れ、出航できず、おかげでこの町に詳しくなってしまいました。

最初は歩いて夜臼(ゆうす)へ通い、途中からは100円でどこへでも行ける巡回バス・マリンクスに乗ってゆうゆう。

温泉施設に行くたびに言われるスタンプカードは、15個溜まると1回分の入浴料が無料になるらしいが、そこまで居るのかな?

-

6月8日(月)

出発するも沖は時化ていて、少し漕いで断念。

 

「この前までは、凪いでいたんだけどな〜」

と近所の人。

-

6月9日(火)

久々に凪ぎ。午後からまた風が吹くかもしれないので、志賀島から博多湾10km弱の横断を全力で漕ぐ。

野北

(30km)

6月10日(水)

ボールペンを無くしたので探し回るも、どこにも売っておらず、日記が書けない。

-

6月11日(木)

野北・芥屋と両町のコンビニが潰れていて、バスで筑前前原駅まで行き、ペンを入手する。

前原、「まえばる」と読むそうな。

-

6月12日(金)

白波が立ち、海上注意報も発令中。

本を読んで1日を過ごす。

-

6月13日(土)

海上にはサーファー、ウィンドサーファー、カイトサーファー、ボディボーダーに泳いでいる集団もいて、皆よく遊べるね、こんな荒波の中。

-

6月14日(日)

唐津湾を横断して神集島、佐賀県に到着。

荒れる海とは対照的に静かな漁村の島には「購買部」という店が1軒あり、脚が海に浸かっている鳥居が良い雰囲気を出している。

「かしわって読むんですか」

かみつどいかみつどいって思ってたわ。

 

唐津湾に浮かぶ姫島

神集島

19km

6月15日(月)

鷹島の北部にある「モンゴル村」という施設で温泉とゲル(モンゴル式住居)を堪能する。

帰りの際、村の入り口にあった広域図を見ると「長崎県」の文字が目に入り、いつの間にか佐賀県が終わってしまっていた。

そういえば阿翁の商店で福山雅治の歌がずっと流れていたしな。

鷹島阿翁

28km

6月16日(火)

平戸瀬戸の手前までゆっくり進み、転流(スラック)の時刻、16時17分まで近所を散策する。

「あんた、見かけんなぁ〜」

といつものように言われ、

「これからしばらくは晴天、よかったな」

とありがたいお言葉をいただく。

 

15時45分から再出発し、平戸瀬戸を抜ける

 

 

潮の干満差が大きいので、荷物を運ぶのに一苦労。

白馬

(27km)

6月17日(水)

北九十九島:地図の縮尺の大きさのせいで迷い、突然漁師さんとバッタリでこんにちは。

 

島々が集まり、1つの島みたいに見える

 

南九十九島:観光船を遠めに眺め、観光気分。

 

浅子教会

 

佐世保港口:横断中、右手から迫って来る軍艦。

 

逃げるのに必死でこんな写真に

西海市池崎

(35km)

6月18日(木)

昨晩、飲み物を買いにブラブラ出かけると、「こんばんは」と大人も学校帰りの中学生も言ってきて、挨拶が町ぐるみで習慣になっている。暗い中、お互いが誰だかも分からずにね。

蛍も飛んでおり、夜のお出かけもいいもんだ。

仏崎

(31km)

6月19日(金)

野母崎を目指して漕いでいると、右前方沖に建物があるのを見つけ、何で?海の上に?

ジーッと見続けていたら、それが軍艦島だと気付き、海図には端島(はしま)と載っているし、こんな所にあったんだな。

慌てて西南西に進路を変え、海上に浮かぶいびつな形の島影が近づいてきた。

 

 

一眼レフカメラ撮影

 

防水写ルンですカメラ撮影

 

携帯電話カメラ撮影

野母

(34km)

6月20日(土)

天草灘23km横断。

熊本県天草下島まで5時間程かかって漕ぐ。

 

熊本まであと約10km、後ろにある長崎も約10km

富岡

(27km)

6月21日(日)

下田温泉へとバスに乗って出かける。

海岸沿いの道路はアップダウンが激しく、一車両しか通れないトンネルもあり険しい。

見かける車は軽自動車ばかりだ。

下田南

(14km)

6月22日(月)

一昨日折れたテントのポールを補修するべく、ホームセンターのある下島最大の町・本渡へ行く。

 

天草四郎像(歴史民俗資料館前にて)

-

6月23日(火)

温泉の脱衣所で「痛そう〜」とおじさん達に言われる。

おとといの夜、崖から転落して両足の裏がパカッと割れていたため。

普段は首から上と手首から先だけは日焼けしていて「パンダ」扱いされる事が多いのだが。

下田温泉は「白鷺の湯」と呼ばれ、傷を癒すのには良いお湯なのだという。

「それはちょっと深すぎ・・でも効くよ」

 

大江天主堂

-

6月24日(水)

読み終えた本が溜まってきたので、エクスパックで家に送ろうと郵便ポストに投函する。も、分厚過ぎて入らず。郵便局が近くに無いし、どうしよう、これ。

-

6月25日(木)

鹿児島に入って最初の夕食は薩摩焼酎と共に。

潮が引いた中、岸辺まで荷物を運ぶのを手伝ってくれたIさんとご両親が沢山の食事を持ってきてくれて、防波堤の上で地元の人も交えての宴会。お湯割りなのは助かったけれど、やっぱり酔いが早い。

いろいろして頂いて、こっちはエクスパックというプレゼントに申し訳なく。

汐見

(43.5km)

6月26日(金)

出航間際、様々な人に声をかけられ、Iさんからはスポーツドリンクの差し入れ。さすが!分かってるねぇ。

 

今は朝と夕方に潮が引くので、今日も100m以上荷物を運ぶ。

川内市唐浜

(28km

6月27日(土)

漁船団の襲来により三角波が立ち、お茶が奪われる。雨に加えて、羽鳥崎と串木野港沖ではえらい荒波。

市来

(26.5km)

6月28日(日)

午後まで雷が鳴り続ける。

テントのポールをまた折ってしまう。

-

6月29日(月)

停滞して串木野を散策し、黒豚ラーメンを食べる。

-

6月30日(火)

停滞して焼酎蔵を見学し、まぐろラーメンを食べる。

-

7月1日(水)

停滞して図書館を訪問し、チキンラーメンを食べる。

-

7月2日(木)

風波に加え、うねりがあるものの、約6時間で吹上浜を漕ぎ終える。

いつものように村をブラブラして、商店で食材を購入すると、

「もう閉めるから」

とさつま揚げを頂く。

笠沙町小浦

(33km)

7月3日(金)

向かい風に疲れる。無人の浜でキャンプ。

坊津

(30km)

7月4日(土)

「けっこう速く進むね」

と漁師さん。

「どこへ行くの?」

には、

「開聞岳」

と答え、坊ノ岬を越えてから見え続けている922mの独立峰を目指す。

 

頂上に雲がかかっている開聞岳

塩屋

(35km)

7月6日(月)

鹿児島湾横断に立ちはだかるは、高速船トッピー。

速い、本数多い、音でかい。

 

夕暮れ時、地元の人が差し入れを持ってきてくれ、

「ビール、1本だけなんですけど」

と申し訳なさそうに言う御主人。

いえいえ、普段飲まないので十分です。

高須

(42km)

7月7日(火)

近くに郵便局のある避難港18で旅を終える。

桜島、一番の印象はバス通学でヘルメット姿の小学生たち。

 

桜島が近づいてきた

 

桜島には、すぐ避難できるように港が各地に整備されている

 

桜島、現在噴火中

桜島武町

(37km)

7月8日(水)

郵便局から荷物を送る。

封筒でも量るかのような秤に30kgオーバーのパッキングされたカヤックを乗せ、30kg以内になるように少しずつ荷を取り出してゆく。

応対してくれた局員さんも汗がびっしょり。

 

茶色いファミリーマートは景観対策のため

 

叫びの肖像

 

バス待合所兼退避壕

 

芦屋町-桜島

 

航行日数:35日

航行距離:555km

美味しかった食べ物:長崎ちゃんぽん、皆さんが持ってきてくれた夕飯の残り物

印象に残った本:沈黙/遠藤周作

お礼:出会った皆さんに感謝申し上げます。

宮崎

カーフェリー