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敦賀〜稚内 2005

 

※彼が通過した地域の海岸線をたどったものです。正確に彼が漕いだルートではありません。

 

 

日記

宿泊地

(航行距離)

4月29日(金)

商店で米を入手できず。

「皆、自分でこしらえとるからなぁ〜」

福井県杉津

4月30日(土)

波なく順調、でも体のふしぶしが痛い。

越廻村蒲生

(39km)

5月1日(日)

風強く停滞。歩いて3分の所に温泉があり最高です。

-

5月3日(火)

加賀ですね。東尋坊は人、人、人。

塩屋

(39km)

5月4日(水)

追い風もあまり進めず。

石川県

根上町

(22km)

5月5日(木)

宇ノ気町?だと思います。この辺、風景単調。

宇ノ気町

(40km)

5月6日(金)

砂浜を走る車たち。さすがにバスが走っていたのには驚き。

羽咋市

一ノ宮町

(24km)

5月7日(土)

絶望的に海が荒れとります。

-

5月8日(日)

波が高いと思ったら、サーファーが。

小さなチューブができる中に突っ込み、ズブ濡れ。

カヤック半分飛び、ビルジポンプさらわれ・・・後々、1時間歩いて探しに行きました。無事でした。

安部屋

(12km)

5月11日(水)

景色がいい、海が澄んでいます。

門前町黒島

(35km)

5月13日(金)

ここにも廃校があり、お年寄り用施設になっています。

輪島にて買い物、白ガソリン・本5冊など。

深見

30km

5月14日(土)

1人目「えっ、フネッ」

2人目「・・・・」

3人目「若い子はそういうことが好きなんよ」

寺家

39km

5月15日(日)

「タコはとれます?」

「タコよりもイカだな」

 

 3月で廃線になったのと鉄道の終着駅・蛸島 

蛸島

(11km)

5月16日(月)

第6代横綱、阿武松緑之助生誕の地だそうです。

漢字だらけや。

今日、やっと日本アルプスが拝めました。

 

七見

(32km)

5月17日(火)

FM石川がFM富山に変わりました。

富山県小境

(39km)

5月18日(水)

停滞。天気よりも体の疲れのため。

海水浴場は嫌なのですが、仕方ないです。この辺り、無人ビーチがない。

-

5月19日(木)

海豚の大群、海保、追突事故現場(陸上)に遭遇す。

岩瀬

(26km)

5月20日(金)

季節がいいですね、山に残雪があって。冬はすごいんやろな。

入善町

(32km)

5月21日(土)

防水カメラ壊れました。修理しても無駄っぽいので捨てようかな。

燃えないゴミ?荷物が減ります。

新潟県藤崎

(50km)

5月22日(日)

あっ、このパン賞味期限過ぎてる・・帰ってから気付く。置いてあった肉も半分腐ってたしな。

柏崎

40km

5月23日(月)

柏崎刈羽原発があり、沖にはやはり海保の船。

余程暇なのか、こっちにやって来た。

石地

33km

5月24日(火)

FM新潟で原子力発電所のCMを流していたけど、‘東京電力’というのがおもしろい。

若者も電気も東京へ行き、お年寄りと危険だけは地方へと残る。

-

5月25日(水)

ずっと4時半起きです。

間瀬

(27km)

5月26日(木)

至る所にクレーン車で護岸?工事。自然をいじり過ぎですね。

青山

(28km)

5月27日(金)

強い南風が吹き、沖に流される恐れがあるので、300mだけ漕いで終了。

新潟観光は本屋と銭湯で終了。

0.3km

5月29日(日)

今、キャンプと読書がおもしろい。

島見町

(2km

5月30日(月)

新潟港終わる。苦痛でした。

読んでいるのは安部公房、サン=テグジュぺリなど。

荒井浜

24km

5月31日(火)

ヘリコプターが飛んでいるのは密航対策のため。

「今日はよく飛んでるなー、お前探してるの違うか」

岩船

km

6月1日(水)

車のナンバープレートで移動を実感します。ここは庄内。札幌、神戸も見かけたけど。

山形県早田

(43km)

6月2日(木)

豚肉を買い、キャンプ地に戻るとテントの周りに男が6人。警察官でした。

なんでも昨日、酒田港に死体が上がったそうで、関係があるのか、と思ったとか。

これまでけっこうマジメに生きてきたので、事情聴取は貴重な体験でした。

浜中

(35km)

6月3日(金)

「ただいま」と突然、学校帰りの小学生に言われ、戸惑ってしまいました。

2度目からは「おかえり」と答え、「こんにちは」と大きな声が返ってきました。

そんな子供達の通っている学校は鳥海山を背景に素晴らしく、校庭には土俵が。東北ですね。

湯の田

(29km)

6月5日(日)

アマハギ・・・ナマハゲに似てるな。本日は停滞です。

ここ秋田といえば犬←最近よく吠えられます。女性←最近若い人(40才以下)と喋ってないな・・・のんびり行くっすか。

秋田県

海士剥

(37km

6月6日(月)

スーパーのおばちゃんとの会話、半分程なに言っているのか分からず。

 

 昔の新屋浜のにぎわいにカエル 

事故やけがなく無事カエル

ゴミを捨てずに持ちカエル

秋田市より

新屋町

(35km)

6月7日(火)

風力発電がよく見受けられます。その支柱にはナマハゲの絵。

門前

(41km)

6月8日(水)

男鹿半島は釣り人天国でした。岩がたくさんありすぎておもしろかった。

今日はこっちも暑かったですが、汗はかかないので、やっぱり涼しいのかな。

 

 なまはげが子供達を守っています 

五里合

(34km)

6月9日(木)

昨日ラジオでサッカーを聴いていましたが、途中で野球に変えました。

サッカーは見てナンボやと思います。バスケの町より。

能代

(23km)

6月10日(金)

小入川

(26km)

6月11日(土)

買い物をして外に出たら雨。困っていたら、傘をもらいました。これで雨の日も出歩けます。

青森県深浦

(35km)

6月13日(月)

地元の人の会話、8割以上聞き取れず。遠くに来たと感じます。

-

6月14日(火)

青森に入り、涼しさが急に増しました。天気のせいもあるのかも。

鯵ヶ沢

(37km)

6月17日(金)

 

車力村

(16km)

6月18日(土)

青森、すごく気に入っております。静かでいいな。お金使うの4日ぶりやし。津軽弁よう分からんけど。

船に穴が開いていたのも1ヶ月に及ぶ修理の末、なおった?し。

小泊

(27km)

6月19日(日)

ここはもう北海道だ。FMが札幌から来ています。

海を泳いでいる子供達を見て、「元気やな〜」と感心しつつ、俺は1人、銭湯へと向かう。

-

6月20日(月)

霧で眼鏡がくもり、前がよく見えず。まだ船穴あいてるし。

そんなこんなで竜飛を越える。

袰月

(ほろづき)

(37km)

6月21日(火)

穴はピンホールらしく50ヶ所以上、怪しい所にアロンアルファ注しました。暇があればアロンアルファやっています。1ヶ月やっています。

 

霧の為、津軽の最後はうやむやなまま終了。視界100mでの平館海峡横断(10km)はしびれました。

前後左右真っ白な世界の中に、時折鳴り響く汽笛の音。こっちは何も鳴らせないし、ただ逃げるのみ。

1隻後ろを通過し、ホッとしていると真っ直ぐ近づいてくる船が・・・

海上保安庁の巡視船のようで、よく見つけられたな。レーダーに映っていたのだろう。

 

さっき鹿に吠えられました。

牛滝

(34km)

6月23日(木)

霧の為、北海道はどこにある?

今日明日は西風が強く、停滞です。

大間

(30km)

6月24日(金)

北海道で34度を記録し、ラジオからは全国暑い暑いの声。でも、ここ大間は風が強く、真っ昼間から寒気がしました。日本でここが一番寒いんちゃうか。

ただ、地元の人は半袖・・・そして、そんな元気な子供達からの質問。

「どこから来たの?」

兵庫県、知ってるか?」

「うん!下の方!こう曲がったとこ・・・・・・・・おおさかおおさか」

-

6月25日(土)

明石から約100日、ここ大間にて初めて!をいろいろ経験しております。

 

まず、キャンプ場に泊まったこと。ここは無料です。日本のキャンプ場=2〜3千円と思っていたので驚きです。北海道にもタダの所がけっこうあるそうです。

そして、旅人に会えたこと。日本に旅人はいるのか、と思っていたので。

 

大間には、これから北海道へ渡る人が次々やって来ます。車、バイク、自転車、ヨット旅の御主人を車で追いかけながらサポートしている奥さん、団体観光客、手漕ぎ舟。その中でも、初めての自転車旅だという若者には、感動と懐かしさをおぼえました。試行錯誤の日々、旅の一番おもしろい時ですね。

 

そう言えば、自分の初ツーリングもすごかった様な。友人と3人で京都から静岡まで、シティサイクルの前かごに荷物を積めて、真夏の1号線をジーンズ姿で爆走。暑さと疲れでふらつく自転車、狭く交通量の多い車道で車に轢かれそうになって。

その時、二度と日本で自転車旅なんかするか、と思いました。これがカヤックを使った最大の理由です。←言いたかったのはこれです。

ここは充電ができるのでたくさん書き(押し)ました。終わり。

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6月26日(日)

津軽海峡横断、すごかったな〜。潮に流されるかと思いましたよ、フェリーが。

 

北海道は一度も姿を見せず、漁師さんも『やめた方がいい』と言うので素直に従いました。素直なのが、取り柄です。まぁ、言われなくてもこうしましたけど。

日本一周するわけでもないので気楽なものです。

 

今回のカヤックの旅にしろ、去年やったアフリカ自転車旅にしろ、『たいしたことではない』と思うのはこういった柔軟さからです。

自転車にこだわり、無理して危険な所を走って荷物を盗られた人、自転車も盗られた人、発砲を受けた人などに会ったり聞いたりしました。

「危険な所には行かない」を肝に命じております。自分みたいなカヤック初心者ならなおさらです。謙虚なのも、取り柄です。

 

尚、明日から通常の短い文に戻るでしょう。

新湊

6月27日(月)

初日から差し入れを頂き、北海道、滑り出し好調。温かいおにぎりには愛を感じました。

 

米は新潟でもらったことがあり、「ウチのお米は日本一」のお墨付きの品。ただ、旅行中は節水+めんどくさいにより、米を研ぎません。「日本一」がだいなしでした。

銚子岬

(41km)

6月28日(火)

 

大岩

(31km)

6月29日(水)

手は届きませんでしたがパドルの届く距離でイルカが飛んだ。

鳥崎

(32km)

6月30日(木)

最近寝不足。4時前には明るくなるので。よって、明日停滞。

山崎

(31km)

7月4日(日)

周り数キロは断崖絶壁。ここ数日、海は時化模様で閉じ込められました。

 

そして、こんな時に限って水がない。なので今日は沢の水を煮沸して飲み水を作っておりました。エキノコックスが熱に弱いことを期待して。

水は気を付けなければなりません。去年はそれでチフスになったしね。

 

焚き火、楽しいなぁ。気が付くと3時間やってました。

明日も海は荒れて雨。焚き火できん。

小幌

(39km)

7月8日(金)

4日間釘付けで残った食料は米がわずか。水もないし今日の舟は軽かったです。

よって本日は大量に買い物をし、緊急用のインスタント食品がどっさり。

 

にしても、ここはイルカが多いです。

伊達

(31km)

7月10日(日)

7月に入り、全然進んでいませんね。自然が相手だから仕方がない。

でも雨が続くのには参ります。

梅雨の無い北海道ですが、ここ数年は「事情が違う」そうです。これも温暖化のせい?

 

とにかくテントに穴が多数開いている(サハラのいばらにやられました)もので雨は・・。さっき栄養不足からか歯が欠けたし・・。

テントにはカヤック同様アロンアルファやっております。歯は、ヤバイか。

 

-

7月14日(木)

何日か乗っていないと感覚が鈍りますね。1時間あれば慣れましたが。

本日も、イルカ現る。

崎守

(13km)

7月15日(金)

北海道は自由な所だと勝手に思っていたのですが、今のところ違って旅がやりづらいです。

 

数多い定置網、崖以外はコンクリート詰め。おかげで今日はアホみたいに漕ぎました。

荻野

(46km)

7月16日(土)

ラジオというのは聴覚のみが頼りであり、それは限りない想像力を与えてくれます。例えば、このDJはどんなキレイな人なんだ、とか。

 

室蘭から苫小牧までは視覚を奪われました。

霧のせいです。

 

といっても360度真っ白な世界は見えていたわけですが、この区間の風景を思い出すのは無理であります。

突然目の前にテトラポッドが現れ「あぁ漁港か」と気付かされ、他の船が行き来する度に「まるで幽霊船」と楽しんでいると、サーファーがこっちを見てポカーンとしています。

 

タンカーの事故もありましたし、本物の幽霊にならないように常に周りの状況を想像するようにしております。左手には美しい海岸線がある(本当は多分、消波ブロック)というように。

県が変わるたびに、まだ見ぬ美人(声から思うに)DJに別れを告げ、レッサーパンダが立ったという絵を想像しているここ数日。

 

小メロン、1個680円は安いのですか?

苫小牧

(28km)

7月17日(日)

苫小牧を歩いていると、ゆかた姿の女性を見かけました。どうも夏祭りのようです。

行きたかったのですが、日が暮れるまで地元のおっちゃん達と浜辺で過ごしていました。皆、海の男なので話がためになるのと、言葉が通じるので自分も話題に入りやすい。

 

やはり東北地方の言葉はすごかったんだなと感じます。

 

苫小牧港は大型フェリー・タンカーがたくさん行き交い、特に夜7時からの入出港は圧巻で、おっちゃん達も毎日楽しんで見ているという。

 

まだ朝晩にストーブがいるこの辺りの短い夏の風景。

浜田浦

(24km)

7月18日(月)

ここの名産品はししゃもらしいです。「〇〇高校野球部、ししゃも魂でがんばれ」と書いてありましたので。

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7月19日(火)

「いい色に焼けてますね」

とスーパーのおばちゃんに言われる。

どよんとした空のこの地では、とても俺は浮いています。

節婦

(42km)

7月20日(水)

波が砕け岸に上がれず、とある川をさかのぼり上陸しようとしたら沈。

鳥の死骸がプカプカ流れていくドブ川でやってしまった。川上りは危険です。

幌島

(51km)

7月21日(木)

昆布を波打ち際でとっている人達の格好を見ていると、7月とは思えません。

海、冷た過ぎる。今年は泳げないか。

歌別

(33km)

7月22日(金)

襟裳岬はやませ(東風)により東側が荒れていて、漕ぎがいがありました。

たまにはいいかと波にもまれるのを楽しんでいたのですが、1時間でお腹いっぱいになりました。

 

能登半島のときは観光中の奥様方が見ている中だった一方、今回はアザラシのお出迎えで2頭ほどヌルッと近くまで偵察に来ました。あとの奴等は寝てたけど・・・こっちは向かい風に必死のなか。

 

それにしても荷物積んだフェザークラフトの安定感はすごいですね。こける気せぇへん。だから一昨日の川上りは危なかったんだな。

襟裳岬

(14km)

7月23日(土)

朝起きると海には小型船が沢山浮かんでおり、昆布をどっさり積んだ船が港に全速力で向かい、またフルスピードで戻ってきてと、その行き来を見ていたら競艇を思い浮かべました。

 

波に打たれながら昆布をとっていたり、浜で昆布を干していたりと皆さん昆布にいそがしい。

岬トンネル

(24km)

7月24日(日)

沖は波がなく平穏そうですが、岸近くは波が轟音と共に砕け、出艇できません。

いや、行こうと思えば行けるのですが勇気がない。あぁ、あのサーファーすごいなぁ。小さなボード1つで自然に立ち(寝て)向かって行く。尊敬します。

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7月27日(水)

夏だ、海だ、と言えば華やか?な世界を想像するでしょうが、ここでは違います。

砕ける波打ち際で昆布を採る人々、大波にもまれているサーファー達。水着の人なんて1人もおらず、みんな長袖・長ズボンである。海は戦場だ。

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7月28日(木)

ある自転車旅の人が北海道を一周するのに「1ヶ月」と言った時、無理じゃないか、と思いました。

その後、北海道一周が2300kmと知り、「1ヶ月は可能」と思い直したのです。完全にカヤックのスピードで物事を考えていました。

 

北海道に来て早1ヶ月。たまにはカヤック漕ぐか。

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7月29日(金)

29日早朝、1人の青年が両足打撲の軽傷を負った。出発時、波に跳ね返されたカヤックに足払いを受けた模様。

目撃者はいなかった。

浜大樹

(38km)

7月30日(土)

霧がすごいです。岸近くは波が砕け近づけず、砕ける音を聞きつつ距離を保って前進。そのうち漁港にぶち当たるやろう。

大津

(28km)

7月31日(日)

雨と霧の為、行く気せず。

 

帯広でオリックス-日本ハム戦があり、行きたかったが交通手段が無く、断念しラジオを拝聴。イニングの合間にあるCMで日本ハムのヒルマン監督がチーム状態のことを質問され、日本語で「ジョウジョウデショウ」と答えていました。

結果、8-7で日本ハムは負けました。

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8月1日(月)

この辺りは漁港しか安全に上陸できません。

「漁船以外の船が港を使用すると処罰されます」

と書いてあり、罪を犯しているのか?

厚内

(22km)

8月3日(水)

昨日から霧、雨、向かい風。進む理由なし。

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8月4日(木)

北海道でも各地は暑いようですが、釧路は霧のせいもあるのか気温が上がらず、20度超えればいい方です。

夏は暑く、冬は寒いのが好きなのですが、違う土地に来たんだと思えるのが良いです。

新大楽毛

(48km)

8月5日(金)

夏は東風が主に吹くので、あんまり進まん。単に左側に陸があるからこっちに進んでいるのですが・・・陸地のいない右側に少しは慣れたつもりでいたのに・・

 

(↑懐かしの名曲・プリンセスプリンセスのMをもじってるのだと思われます。ユキ)

昆布森

(21km)

8月6日(土)

昆布は農作物と同じですから、解禁直後の迫力はもうありません。でも霧の中、爆音で突っ走る動力船は健在であり、おもいっきし沖を漕ぎました。

末広

(33km)

8月7日(日)

ここの所毎日、イルカが近くに現れます。

内浦湾のように走りまくっているのではなく、ヌルッという感じですな。

 

そして久々にアザラシとも遭遇。頭だけをポッコリ出して、ジーッとこっちを見ているのです。黒い物体、眼はもっと暗くて、はっきり言って不気味です。

恵茶人

(44km)

8月8日(月)

霧の出なかった一日。視界が奪われると定置網の場所が分からず、直前で見つける度に遠回りをしなければならないので、霧の出ない日は助かる。

花咲

(32km)

8月9日(火)

根室は夏祭りで出店がようさん出ていました。町に出てみると若い人がたくさんいていいもんです。

 

そんな賑やかな中、図書館に行きました。今使っている海図が縮尺30万分の1で全く海岸の地形が何たるかが書かれていない。

これは航海図で、岸近くをポチャポチャやっている分には必要ないようです。知床まで8枚の地形図をコピーして80円。ちなみに海図は1枚3000円です。

-

8月10日(水)

根室のお祭り、以下のようなことが書かれてありました。

 

交通安全、商売繁盛、祈る!大漁、返せ!北方領土。

 

-

8月11日(木)

霧のよく出る所なので、所々に警笛を鳴らしている灯台があり、納沙布岬もその1つです。

海を行く者にとっては大助かりなのですが、観光客にはたまらんやろな。かなり音が大きくてうるさいだけだし、霧で何も見えないし。

牧の内

(36km)

8月12日(金)

根室半島の北側に来ると、

1−霧が晴れた

2−水温が高い(気がする)

3−キャンプし放題になった

 

 

質問への答え・・・やはり釧路根室辺りは特別なようです。北海道でも30℃超えている所はあるのですが、ここではTシャツに長袖を羽織っても汗をかきません。

ただ、だからといって寒いわけではなく、長袖なのは日焼けのあとを隠すためです。半袖で町を歩きたい。

 

(※ ↑前日に『こっちは相変わらず暑いよ。そっちはどうだ?』というメールを送っていました ユキ)

床丹

(44km)

8月13日(土)

強敵あらわる。名は“さけの定置網”という。

数百メートルにわたり行く手を阻んでいる北海道の網には慣れたものだが、今回はやっかいだ。

 

■理由1−縄が太く、ピンと張っているので乗り越え難い。

■理由2−岸から張られていて、沖を回らなければならない。

■理由3−陸風が吹き、沖に出れば流される→国後に行く→ロシア入国。

家にあるよ、パスポートは。

 

 岸近くの所がかろうじて通れましたが 

忠類

(43km)

8月14日(日)

冷凍されていない鶏肉が欲しかったので羅臼に寄ったのですが、すごい人・・・観光地に来てしまいました。

相泊で行き止まりのはずの道路は車・バイクがわんさか。さすがに自転車族の姿は見えません。

人力旅にとって、来た道を戻ることはつらいものです。

オッカバケ

(41km)

8月15日(月)

「どこからきたの?」

カヌーでやって来た青年に人々はそう言います。

「明石から」

と答えると、ほとんどの人が「兵庫の・・」と言い、明石も知名度があるものだ、と得意になります。

チエンベツ

(2km)

8月16日(火)

「自転車で来たの?」

よく日に焼けて、手ぶらで町を歩いている小汚い青年に人々はそう言います。

「カヤックで」

と答えると、たいていの人が湖でボートを漕ぐ格好をしたり、「???」

 

最初は真面目にカヤックというものを説明していたのに、最近は「歩いているのです」と言っております。

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8月17日(水)

ペキンノ鼻。

『その昔、真冬のこの地に一隻の船が難破した。それから2ヶ月後に船長だけが羅臼の町へ姿を現す。2ヶ月の間、彼を生き長らえさせたのは仲間の肉だった・・』

〔ひかりごけ〕より

 

風吹き荒ぶ中、テントの外から不気味な物音・・

「誰だ」

確かに何かがいる。

大小無数の石に足をとられつつ、物音のする方へと近づいて行く。

「おやっ」

足元に何かがある。

骨だ。

すねの長さと同じ白骨。

「クシャクシャムシャムシャ」

近い。

岩陰からコソッとのぞき見る。

シカだった。

ペキンノ鼻

(24km)

8月18日(木)

道路は相泊で終わりましたが、漁師の番屋・定置網は続いています。やはり車道の無い静かな景色は良いです。

強風の中、昆布をとっている漁師を岩場の上から眺めつつ、ハーモニカを吹いていると、大きなザックを背負った人達がたまに通ります。

相泊から知床岬まで海岸沿いに歩いていけるそうで、女性2人組は往復計4泊だという。

足場が悪く、潮が引いた所を濡れつつ、番屋の前を通りながらとかなり大変でおもしろそうです。1日2〜3組、若いパーティーばかりです。

「ウトロまで行かれるんですか?」

ヘタクソな音色を聞きつつ、彼・彼女らは言った。

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8月19日(金)

昆布漁は時間が決められているので、午前の海は戦場です。正午近く、赤い旗が上がりました。そして誰もいなくなった。

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8月20日(土)

岩場にトドが1頭寝そべっていて、その近くで昆布をとる漁師達。こういう風景があることを素直に喜びたいです。

釧路半島の先っぽは灯台と小屋がポツリとあるだけ。いいね。

ポロモイ

(15km)

8月21日(日)

静かです。傾斜の緩やかな羅臼側とは違い、ウトロ側は断崖続き。そして、昆布漁船がいないからです。ここにいるのはわずかな漁師、動物、カヤッカーのみ。

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8月22日(月)

天気が悪いし、のんびり知床を楽しもうとしていると、いつの間にやら食料が底をつきかけ・・・ふわぁ、炭水化物ばかりで力が出ないぃ・・・ジャムおじさんよ、今いずこ?

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8月23日(火)

さて、知床ですが、カヤックをやっていて良かったと本当に思いました。

ウトロ側の絶壁は見る価値有り。観光色がありありと出て、大型バスを2分に1台は見かけるウトロ周辺からは想像もつかない世界でした。

町にはたくさん観光客がいるのに知床が静かだと感じたのは、観光コースを通らなかったからでしょう。こういう場所では、遊覧船がけたたましいエンジン音を響かせているのが常なのですが、1隻も見ず、何故かウトロ港に釘付け中。

 

う〜ん、何でもあるな、ウトロ。

お金使うの・・羅臼以来だ。お風呂・・根室以来だ。

おっ、ウニ丼が売られている、2500円・・

これを注文するのはフェザークラフトを買った時以上の勇気と決断を要するはずです。

でも、1回飲みに行ったらこんなものかなぁ。

ウトロ

(36km)

8月24日(水)

運が良かった。天気が良くなったと思ったら、朝の7時前から遊覧船が港を出て行きました。そして、1時間もしない内に戻ってきた。

止別

(45km)

8月25日(木)

知床が混んでいるといっても、梅田の地下街ほどでは無いのでご安心を。

ウトロは小さくて静かな町ですが、誰もいない海を旅した後なので観光客に敏感になっていたのでしょう。

これまでの文章で「山・絶壁が良い」みたいな事を書きました。これは明石という播磨平野で育ったせいであり、六甲山を見て、未だに感動してしまいます。

だから「新潟は美人が多い」とか「苫小牧はかわいい娘ばっか」といっても信用しないことです。単に、若い女性を久々に見た、というだけの話なのですから。

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8月26日(金)

舟を分解しているとグニッと曲がったアルミの骨組み・・・北海道の海、恐るべし。

さて、何故そんな事をしたかというと、現在居るのは屈斜路湖畔。気分転換で釧路の川下りです。

海岸沿いばかりだったので、電車(満員の中、大きな荷物はつらい)・バス(1日2本が学校のおかげで3本になり助かった。北海道の夏休みは終わったのです)から見える景色は新鮮で、特に単線を1両で走るワンマン電車は最高ですね。

 

浜小清水

(4km)

8月27日(土)

湖、綺麗だねぇ。穏やかだし、ゴミも無い。

そんな所は当然田舎ですから、一万円札を出すと、

「ここから銀行は20キロ、☓☓は40キロ、★℃Λ¢は70キロ」

と苦笑いで言われることになります。

 

夜の湖を漕ぎつつ、クッシーとの遭遇を祈る。屈斜路湖にいるそうです。

屈斜路湖

8月28日(日)

湖では本領発揮でガンガン漕ぎ、川に入ると勝手に進んで行くので手を休めていたら、倒木に突っ込んだ。

海ではパドル=アクセルで、川ではハンドルのようです。

普段からラダーに慣れているのでハンドリングは疲れます。ハンドルは左右に回さなければならないが、アクセルはベタ踏みで良い。

釧路川

森林地帯

8月29日(月)

当たり前ですが、川は流れている。それがすごくおもしろいです。向かい風なのに進んで行く。海では下りのエスカレーターを昇っているようなものですが。

 

次々と変わっていく風景、所々に現れる瀬、と飽きさせる事のないそれは、いわばアクション映画の爽快さです。

一方、海を例えるとすると、川ほどアクションではなく、テーマが重くて、恋愛が入っている。う〜ん、タイタニックしか思い浮かばへん。

 

釧路川

牧草地帯

8月30日(火)

川でのツーリングは初めてでした。これまで海しか漕がなかったのは別に川に興味が無かったからではありません。ただ、舟を組み立てるのが面倒で嫌いだからです。1度組み立てたら1ヶ月は使いたい、組み立てた労力が報われる。

ですから、海での長期ツーリングになってしまうのは舟のおかげ。

物に振り回されているわけでぇ。ですが釧路川を下ってみて考えは変わったわけでぇ。たった3日でしたが良い旅でした。

最後には川は茶色く濁り、瀬も無くなり、漕ぐ割合が増える。川とは下に行くほどボルテージが下がっていくものなのか?

 

せっかく環境を変えて川を下っても、簡素で中身の無い日記(なのか?)はいつも通り。これからも小学五年生のふみひろ君(仮名)にも分かってもらえるような肩の凝らない作文でいこう。

浜小清水

8月31日(水)

海は自分の力で景色を変えて行き、道を切り開いて行く。そこが好きです。まぁ、流される人生も楽ではないと釧路川で思いもしましたが。

 

やはり海は開放感があり、青空の下でのキャンプは最高!と言いたいけれど、オホーツク側に入り、蚊の大量発生。

常呂到着後、すぐに蚊取り線香を購入し撃退開始。ただ煙が出るだけの中国製とは違い、日本製はよく効きます。豚肉・羊肉・線香の煙で蚊はよれよれ、俺も頭がんがん。

常呂

(42km)

9月1日(木)

凪いでるねぇ、オホーツク海。流氷まだ来てないな。

シノブツナイ

(42km)

9月2日(金)

買い出しの為、沙留の町を歩いていると、歩道には旗を持っている人達がほどほど。マラソン大会でもあるのかなと思っていたら、選挙カーがやって来ました。

あれっ、どこかで聞いた声・・・鈴木宗男だ!

「帰って参りましたっ」

テレビのニュースで聞いた事のあるしゃがれ声が今、拡声器を通じて聞こえてきます。

知床半島や釧路湿原よりも、自分が今北海道にいることを感じさせられました。

豊野一区

(37km)

9月3日(土)

7月にストーブが要ると以前書きましたが、再びそんな気候になってきました。昼は半袖OKでも、朝晩の冷え込みが身に沁みる気温は、上着を3枚重ねにしても寝袋からなかなか出られず。

もう秋なのですね。秋刀魚がようさん売られとります。

雄武

(22km)

9月4日(日)

シーカヤック旅とはどんなものなのか?

初めて2週間で4キロ体重が落ちたと言えば、食いつく女性も多いはず。ちなみに現在は6キロ減で上半身はやはり鍛えられた肉体になりました。といっても、軽いパドルで軽く漕いでいるので脂肪が消えたという程度です。

下半身は衰える?かと思われますが、毎日1〜2時間は町をぶらぶら歩いているので問題なし。ただ、O脚がひどくなったのは残念で、身長は縮んだかな?

最後に言い忘れましたけれど、今年に入って5キロ太ってしまっていたので、体重は痩せたというよりも元に戻っただけであります。

音標

(20km)

9月5日(月)

公衆浴場を見つけたので行ってみると、着くや否や「今日はお休み」と後ろから女性の声。

枝幸

(30km)

9月6日(火)

台風が来るので、枝幸でやり過ごす事にしました。

ここにはお風呂、スーパー、本屋、そして図書館があるのが何よりも大きく、機会があれば図書館にはなるべく行くことにしているのです。

郷土コーナーは地域性が出ていて面白い(根室では北方領土関連の本が数百冊ある)し、その自治体が教育にどのくらい力を入れているかが分かるから。

北海道は本屋が少ない感じですし、あっても充実しているのは雑誌コーナーのみなので、より図書館が重要だと思います。冬も長いしね。

明石や京都の図書館は人が多くて賑やかで、あまり好きにはなれないのですが、北海道は空いていますね。職員のしゃべり声が聞こえてきます。

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9月7日(水)

昨年の台風18号の模様を見る機会があり、すぐにテントを撤収する。海を楽しんでいて海上で事故るのは絶対いけないですし、海旅なのに陸で何かあるのはくやしいだろうなぁ。

交通事故の多い北海道は一瞬も気が抜けません。

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9月8日(木)

ゆっくりだった台風も北海道上では車並みのスピードになり、すぐに去って行きました。

本日も図書館にて一日を過ごす。

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9月13日(火)

波が立ち沖に出るに出られず、でもサーファーが楽しそうに波に乗っているので一緒になって波乗り(サーフカヤック)を楽しんだ日々。

 

本日久々に出発するも波はまだ高く、あえなく引き返す。

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9月14日(水)

10月になると霜が降りるらしく、やはり北は寒くなってきました。

南岸では10月でも大丈夫と聞いていたけれど、北海道は広い。

浜猿払

(46km)

9月15日(木)

「海上やや強く」の風がしばらく吹き続けていて、昨日は追い風でサーフィンをしながら、本日は沖に流されないように岸にへばりつくので精一杯。漁港すら回れない。

 

白兎飛ぶ海を見ていると、漁船が戻ってきて港は大忙し。トラックに積み込まれているのはホタテで量が半端ではない。鮮度が命なのでテキパキ動く人々、走り回るトラック。漁港に制限速度は無いのでしょうか?

皆、色彩豊かな服装をしているのは海に落ちた時の為ではなく、トラックに轢かれないように、です。

浜鬼志別

(12km)

9月16日(金)

宗谷岬は予想通りの観光地化により、みやげ物屋のある公園は風情のかけらも無く、早々に通りすがりました。人口過密なこの日本、せめて端っこくらいは静かにそっと出来ないものなのか。音楽まで流れているし。

少しは本州最西端(山口)を見習って欲しい。あそこは何も無かった。

宗谷

(34km)

9月17日(土)

 

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9月18日(日)

「伊勢宅前」というバス停のある所で旅は終わりました。富士見と書いた方がよろしいのですかな?

稚内で終えようと思ったら、向こうに見える山が気になり日本海まで戻る事に。山は利尻島でした。

 

9月に入り風が強まり、加えて旅の新鮮さが薄れてしまい、続けても何の得にもならないでしょう。やはり旅は2〜3ヶ月が丁度良い。目的地の無い旅は初めてでしたが、「最北端」といったキリのいい場所に落ち着きましたね。

 

遠足気分でやったつもりでも、常に緊張感は持つようにしていましたし、ホッとしております。ガンガン漕ぐだけだった前回と違い、ゆとりのあった今回の旅。カヤック旅の仕方がようやく分かりかけてきたようです。次は何処へ行くのやら。

 

最後に、漁師のおっちゃん達、様々な食べ物をくださった奥様方、そして出会った人々に感謝とお礼を申し上げます。

ちなみに、北海道一番の想い出は「抜歯」した事です。

 

さぁて、どうやって帰るのかいな?

 


 

明石〜稚内

 

日数:189日

航行距離:3625km

宿泊費:900円

良かった場所:瀬戸内海

美味しかった食べ物:奥様方の握ったおむすび

ラジオ大賞:FM−PORT(新潟)のnight-i(日曜21時)

富士見

(25km)