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アフリカ大陸自転車縦断 2004

ヌアクショット~ケープタウン 16000km

 

 

 

 

 

 

【西部アフリカ】     東部アフリカ】     南部アフリカ】

 

 

 

 

 

AF764 (2004/1/13)

 

 

 

ガタガタッと機体が揺れる度に僕はドキリとした。いや、自分だけではない。彼女の周りにいる全ての人が同じ思いのはずであろう。右を振り向くと、彼女は少し汗ばんだ表情できつく目をつぶっている。視線を少し上げると、彼女の向こう側にいる人と目が合い、お互いにうなずく。大丈夫、大丈夫だ。

 

 

 

現在いるのはモロッコ領上空。エール・フランス764便はパリのシャルル・ド・ゴール空港を飛び立ちアフリカ大陸を目指していた。エコノミークラスの一番前の通路側の座席に着くと、程なくしてスーツ姿の男性が奥の窓側の席に、そして二人の間の席にこの女性がやって来た。単に、隣に座った人ならそんなに強い印象も残らなかったかもしれないが、彼女といっしょにやってきた2人の赤ちゃんが我々に和やかな空気をもたらしてくれた。バスケットの中に入っている二つの小さな命は、母親の前の壁にカゴごと引っ掛けられ、時折カゴから取り出し、抱っこをする彼女。まだ若い。自分と同じか年下か。アフリカ人の年は見た目からは分からない。同様に日本人の年は分からないとよく言われるが・・。

 

異変が起こったのは離陸してまもなくだった。安定飛行に入るや否や、スチュワーデスにかかえられ、座席から居なくなった彼女。しばらくして戻ってきた時には、子ども達をあやしていたあの笑顔は消え、憔悴しきっていた。彼女に付き添っていたスチュワーデスが通路に留まり、何やら話し始める。どうも僕と窓側にいる男性に向かって話しているようだが、僕がフランス語が理解できないといった顔をすると、奥にいる男性にだけ顔を向け話した後、英語で僕に事情を話してくれた。

「彼女は飛行機がダメみたいで、さっきもトイレで吐いてしまって・・。お願いなんだけど、彼女が何か苦しそうだったりとか変化があったら、すぐに私たちに報せてくれないかしら?私たちも数十分置きに様子を見に来るけれど・・。奥にいる紳士にも言ってあるから」

 

実際そうは言われても自分がした事はといえば、夕食時に、これはどう?これはどう?と彼女に食べられそうな機内食を薦めたことぐらいだった。酔い止めの薬を飲むためには、少しでも胃に何かを入れなければならず、結局、フルーツがちょっとだけ減ったプレートを見つつ、スチュワーデスがため息まじりに「あなたが残りを食べる?」と言い、それに答える自分がいる。

消灯後、皆が寝静まったなか、暗いのが怖いという彼女は電灯を点け寝息を立てている。こんな状況では眠る気になれなかったので、僕も灯りを点けフランス語の勉強をする。横を見ると窓側の席にも光が灯っていた。

 

 

 

機体が旋回し、自分にも窓から空以外の景色が見えるようになり、目に飛び込んできた一面茶色の大地。これがサハラだ。そして、その荒涼としたなかに突如として現れた茶色の建物の集まり。モーリタニアの首都・ヌアクショット。その中に入ってみると、とても首都とは思えない町並みも、空の上からだと家々の広がりに改めて砂漠の中の大都市だと実感する。

 

着陸し、熱い風が通り抜けたことで機体が止まったのを悟る。目をジッと閉じている彼女の汗はその暑さとこれまでの飛行に対する疲労からだろうか、それとも・・・

 

 

 

この数時間前にパリのシャルル・ド・ゴール空港で僕は迷っていた。目的の便がもうチェックインの時間であるのだが、カウンターが見つからない。大きな荷物と共にウロウロしていると、

「どうしたの?」

と日本語で声をかけられた。東京の繁華街で働いているというギニア人のF。

「君が日本人というのはすぐ分かったよ。それに日本語が書いてあるし、なによりここで君は目立ち過ぎているよ」

自転車の入ったダンボールを指差して流暢な日本語で話しかけてくる。このターミナルはアフリカへの便が集中しているので、当然アフリカ系の人たちばかりである。

「ヌアクショットへの飛行機を探しているんだけれど、カウンターがどこにも無くてね・・」

すると即答で、

「あそこにあるじゃない」

と、そこに書いてあった行き先は‘コナクリー’、ギニアの首都である。

「あれにはコナクリーって・・」

「その下を見てごらん、小さくヌアクショットと書いてある」

確かに・・

「あれはヌアクショット経由、コナクリー行きなのさ」

 

 

 

ヌアクショットで降りる人は予想した通りに少なく、荷物を取り出しているのは自分も含めてごくわずか。アラブ系のモーリタニア人より、おそらくギニア人であろうと思っていた黒人が乗客の大半だからである。横にいる黒人の彼女も当然、ギニア人。

そう、彼女は再びここから飛び立たなくてはならない。

 

“ここで降りますので”と窓側の席の人に挨拶をすると、“任せとけっ”、といった感じで手を上げている。周りの人たちが彼女を心配し、暖かく見守っている。

 

タラップを降り、滑走路を歩きながら周りを見やると、その土色の荒野は太陽の暑さをさらに増幅させる。1年8ヶ月ぶりに、僕はアフリカ大陸に戻ってきた。後ろにはさっきまで乗っていた機体が、もう離陸に向けて準備を進めているのか。

 

座席を離れるとき、目を閉じて静かに座っている彼女の肩に手を置き、

「リラックス、リラックス」

とフランス語でなんと声をかけて良いのか分からなかった僕は、彼女にもおそらく分かりそうな英語で語りかけた。

その時の汗ばんだ顔の中に映し出された優しげな彼女の目の輝きを、私は今でも覚えている。

 

                                                        (2012年春)